ラオス事業の目的・概要

  1. 機械力の導入による管理作業の近代化
  2. 灌漑による養蚕年中飼育の実現
  3. 施肥、消毒の徹底による収桑量の安定化
  4. 蚕室の大型化による量産飼育の実現
  5. 日本種(乾季)による収繭量の増大

1970  年 1. 養蚕   〈1970年5月27日より6月18日まで〉

  • 日本種、在来種、交雑種の3種類の試験飼育を3期間に分けて実施。
  • 試験飼育の段階のため、事業として大量飼育をするに至らず。

2.森林伐採

  • 8ha(80,000㎡)の森林の伐採と開墾。 3.養蚕技術指導員の派遣。
  • 養蚕技術派遣員として青木丈幸、今井収両名をラオスへ派遣。 
1971年 1. 桑園造成(13ha)

  • 新桑園1.5haにケオ種を植え付ける。
  • 4ha分13,000本の桑苗を育てる。 ラオス避難民に桑苗2,000本を提供。

2.養蚕

  • 日本種3箱の飼育を2回実施、収繭量63kg
  • 日本種×在来種3箱の飼育を実施、収繭量55kg 
1972年 1. 桑園

  • 3ha分7,500本の桑苗を植える。

2. 養蚕

  • 飼育回数 8回 収繭量 400kg

3.建築計画

  • 蚕室、堆肥舎、消毒用プール、給水塔の建築 
1973年 1. 園芸技術者の派遣

  • 清水芳洋が青年海外協力隊園芸担当派遣員としてラオスへ着任する。 
1974年 1. 畜産専門家の派遣

  • 山口明が現地へ派遣される。

2. 養蚕

  • 収繭量 300~500kg

3.「レイタク・カンバイ模範農場計画案」「ラオス王国養蚕開発計画案」の構想

 

1975年 1. 桑園

  • 5haの桑園造成、3haに桑苗の植付け実施。

2. 養蚕

  • 飼育回数 7回 収繭量  611kg

3. 製糸技術派遣員の研修 

  • 青木丈幸が千葉県繭検定所や恵南産業株式会社において製糸技術研修を行う。
  • 松本哲洋が海外子女教育振興財団よりビエンチャン日本人学校の教諭を委嘱され赴任する。 
1976年 1. 事業の撤収

  • 派遣員の帰国
  • すべての施設や資材を現地に引き渡す。