事業の成果

■ 現地スタッフの努力
 やむなく事業を中止するまでの間、淡 島氏をはじめ、今井氏、青木氏、清水氏、山口氏は、ラオス国の発展とラオスの人々の幸福を願い、20代の数年間をラオス国での活動に献身、森林伐採、桑園 の造園、養蚕、園芸、畜産など、さまざまな農業開発を行いました。ライフラインのない不便な現地で、すべての作業が派遣員、現地スタッフの肉体労働によっ て行われました。現地の若いスタッフとともに、作業を行っていく過程には、言葉、習慣、文化の違いから多くの障害がありました。しかし、互いに協力し合っ て困苦・欠乏を乗り越えた彼らの間には、30年経った現在も薄れることのない強い絆があることでしょう。
■ 奥平氏の言葉
 ラオスでの事業は、その事業の撤退 後、ラオス国内において、これらの活動の成果が目に見えて引き継がれたとは言い難いものでした。しかし、農場を開設する、ダムを建設する等、明らかな成果 の残るものだけが、開発援助なのでしょうか。財団の設立にあたり、なぜラオスに農場を開設するのかという問いに、奥平氏は次のように答えています。

「あそこに農場を開くというのは、単に農業をやってどうしよう、というような目的ではないのです。それは、われわれ日本人が本当の愛情をもって、発展途 上国家であるラオスの人心を開発しなければいけないというような意味合いから、ラオス問題を考えておったのです。(中略)日本から若い人が行ってラオスを 研究する。そしてラオス人と親しくなっていくと同時に、日本を正しく理解させ、そして彼らを精神的にも物質的にも豊かにしてあげる。こういうふうにしてい くことが、ラオスの政治、経済の面においてもよい結果が望めるのではないかと、私は考えておるわけです。これは、日本のため、またアジアのため、さらに世 界人類のためであろうと思います」

■ ハード面の援助から、ソフト面へ
 21世紀を迎えた今、ODA(政府開 発援助)やNGO(非政府組織)などによる発展途上国に対する援助の見直しがなされています。建設事業を中心としたハード面の援助から、人材育成などのソ フト面の援助へと、その形態が少しずつ移行されてきています。しかし、われわれは30年前に、すでにこのようなソフト面の援助を目標とし、多くの若い人材 を現地に派遣してきました。そして、現地で働く青年たちのほとばしる至誠と情熱こそ、ラオスのこれからの大いなる推進力であり、これこそラオスでの開発事 業が現地に残した成果だったと言えるでしょう。

「ラオスの土になる」と発展途上国での仕事に情熱を傾けた青年たち、彼らの強 い熱意に賛同し心のこもった支援をくださった有志の皆さま、純真で素朴な現地の人々、さまざまな場面で形成されていったネットワークは、財団の活動のあら ゆる基盤となったのではないでしょうか。